福岡家庭裁判所 昭和38年(家)1106号 審判 1964年1月29日
申立人 中村カヨ(仮名)
相手方 中村文男(仮名)
主文
相手方は申立人に対し金六二、八八六円を即時に、昭和三九年一月一日から別居期間中毎月九、〇〇〇円宛をその月の末日までに送金支払いせよ。
理由
一、申立の要旨
(1) 申立人は昭和三五年五月二三日福岡家庭裁判所に相手方に対する離婚の調停申立をしたところ、相手方から暴行、脅迫を加えられた上「代理弁護土に調停の申立を取り下げるようにいえ」と迫まられたので、やむなく申立代理人であった江頭弁護士に電話にてその旨を伝え、申立を取り下げてもらった。
(2) ところが、その後相手方は申立人に対しますます暴力をふるい、果ては生活費の支給すら余しなくなった上、主婦たる地位をおろす手段にでて来、しかも離婚届に印を押せと強要するに至ったので、申立人は昭和三七年六月六日福岡家庭裁判所に二回目の離婚調停の申立をした。しかし、この時も相手方は策を弄し、真剣に話合おうとしないので、同月二七日調停は不成立に終った。
(3) 申立人はその後も、相手方がある時は甘言で申立人をつり、ある時はだまして申立人から貴金属をとり上げる卑劣な行為をくり返し、家を出て行けと執拗に迫るので、恐ろしくなり、同年一〇月二日相手方のいうとおり上京することに決意した。申立人は、上京の途中、相手方から伊丹空港で暴行を加えられ、羽田に着くや洗面具まで取り上げられ、身に一銭の金をも持たされないで同空港に置去りにされた。困った申立人は、見知らぬ一婦人に事情を話して一、〇〇〇円を借受けユースホステルに泊って漸く旧住所である千葉県習志野市○○所在の佐藤方にたどりついた始末である。
(4) 相手方は、元来、強いものとか抵抗するものに対しては暴力で、場合によっては与太者等を使って脅迫等してその目的を達するという性格であり、その反面、正面からは敵わないとみるや、金に物をいわせて懐柔策をとるのであって、申立人は相手方のこの権謀術策によって、全くの裸で追出されたのである。
(5) 申立人は、家政婦としてしか働き口がないところ、もともとこのような仕事は不馴れの上、長い間にわたる精神的、肉体的苦痛のため、身体を著しく損い、自分一人の生活を支えることもなかなか困難な現状である。相手方は昭和三八年三月一日に、申立人は同月二二日に、夫々離婚の訴訟を福岡地方裁判所に提起したところ、判決までには相当長期間を要するものであり、判決確定は何時の事か予測もつかない有様である。申立人は、判決確定に至るまでの間、家政婦としての収入だけに頼るほかはなく、現在ですら病弱な身には相当な労働過重で、月に一五日も働きかねる実情であって、万一病気で寝込むようなことがあれば餓死するの外はない。
(6) 一方、相手方は月収三〇〇万円もある大病院の経営者であり、公然と妾を自宅にひき入れて派手な生活をしている。
(7) 夫婦は、婚姻中、同居し協力扶助する義務があるところ、申立人が自宅に帰りたくとも、相手方の方で頭から拒否するので、やむなく別居している次第である。よって申立人は相手方に対し婚姻費用の分担として、昭和三七年一〇月から婚姻期間中毎月三万円宛の支払いを請求する。
二、相手方の言分の要旨
申立人は家を出るときかなりの額の金銭を持ち出しており、またその後働いているので、その生活は成り立っているはずである。相手方は、申立人に対し、任意に、婚姻費用の分担金を支払うつもりはない。
三、当裁判所の判断
(1) 調査官小林能子作成の申立人に対する調査報告、申立人から相手方に対する当庁昭和三五年(家イ)第二一九号夫婦間の調整調停事件、昭和三七年(家イ)第二八七号夫婦間の調整調停事件の各記録によれば、申立人と相手方は、昭和二五年四月四日婚姻し、長女邦子(昭和二五年三月二三日生)二女清子(昭和二八年一〇月一九日生)三女昌子(昭和三三年四月一〇日生)長男一男(昭和三四年九月一九日生)を儲けた仲であるところ、数年来相手方に度重なる女性関係を生じたことと申立人に対し粗暴な振舞いに及ぶこと等が原因で、不仲となり、申立人から相手方に対し昭和三五年五月二三日離婚調停(上記第二一九号調停事件)の申立をしたが、相手方の要請によって同年六月二二日申立を取下げ、昭和三七年六月六日再度調停(上記第二八七号調停事件)の申立をし、同月二八日調停は不成立に終ったが、申立人は相手方の要請により同月二九日相手方と同居したこと、ところが、夫婦の不和は依然として改まらないで、申立人は、相手方から家を出て行けと執拗に迫まられているうち、同年一〇月二日申立人について上京するように命じられ、これを断り切れないで同伴上京したところ、羽田空港にて金を与えられないまま置去りにされた、そこで申立人は、かような態度に出た相手方の許に帰る気になれずして東京で職を求めて生活し、現在に至っている事実を認めることができる。
以上の認定事実によれば、申立人が相手方と別居するに至った主たる原因は相手方にあり、別居は相手方の責に帰すべき事由に基づくものと認めるのが相当である。
(2) 次ぎに双方の生活状態について考察する。
(イ) 申立人について
調査官小林能子作成の調査報告書(二通)、申立人から右調査官宛の生活費の内訳等についての計算書(調査報告書添付)によれば、申立人は上記のとおり羽田空港で相手方と別れた後、千葉県在住の姉佐藤ナツ方に落付いてから生活のため働くことになり、同年一〇月二七日から昭和三八年三月一〇日まで東京都港区にある家政婦紹介所に入所し家政婦として働き(その間の収入計六万五、五七〇円)、同年四月は商事会社に事務員として半月勤務し(収入は一万四、五〇〇円)、五~六月は渋谷区代々木、○○○洋裁部の仕事をする傍、○○配膳会社で働き(五月分の収入は六、四六〇円、六月分の収入は計一万三、八五三円)、七月一五日千代田区丸ノ内○丁目所在の○○興信所に調査見習として就職し現在に至っていて、その給料は月額一万七、〇〇〇円(七月分は九、三二八円受領)の定めであることを認めることができ、その一月分の生活費は上記計算書によれば四万一、〇四〇円(ただし昭和三八年七月一〇日ないし八月一〇日間のものであって、その内訳は、食費一万三、〇〇〇円、住居費四、五〇〇円、光熱費一、一〇〇円、被服費一万〇、一五〇円、交通費-東京と外苑間の定期代のみ-七八〇円、衛生費二、六四〇円、化粧調髪代六、〇〇〇円、教養費一、〇七〇円、雑費八〇〇円)となる。なお、申立人が上京するに際し、相手方のいうように多額の金員を相手方から持ち出したことについては、これを認めるに足る資料がない。
(ロ) 相手方について
(一) 調査官吉牟田倫代作成の調査報告書(二通)によれば、相手方は、医療法人○○会の理事長として、同法人の開設にかかる福岡市○○町所在の○○会病院、筑紫郡大野町○○所在の○○会保養院の経営に当っている医師であって、同法人から受ける給与(賞与を含む)は、昭和三八年度は、月額一六万円で、所得税、市民税、固定資産税等合計四万三、三八〇円を控除すれば、その手取額は一一万六、六二〇円に過ぎない。(申立人において、相手方は月収三〇〇万円もある大病院の経営者であり派手な生活をしているというところ、相手方が上記法人から上記金額のほかに収入をえている事実は、調査の結果ではこれを認めるに足る資料がない)。
(二) 調査の結果(登記簿謄本参照)によれば、相手方は別紙第一目録記載の不動産を所有する(このほかに不動産を所有していたところ、これは上記医療法人のため現物出資としてその所有に帰している)ところ、同目録中の一(整理番号、以下同じ)の宅地は相手方居住中の二三の家屋の敷地であり、二の山林は立木はなく(将来は宅地化可能)、三~六山林は砂浜で空地、七、八の原野は○○分院建設の際、松本某から買受けた土地の一部であって、元の所在者がバラックを建てて居住しているので無償で貸与中のもの、九、一〇、一六の各山林は昭和三六年中に植林したばかりであるもの、一一、一二は現況畑で、一部を埋立てて従業員宿舎の敷地として、その余は病院の作業場としてそれぞれ使用中のもの、一三、一四の山林は大部分空地で、一部に子供用の勉強室を建てているもの、一五の宅地は病院の通路の横の空地であり、一七~二二の土地は現況は原野で、病院に近接した空地(病院増築予定地)であること、および相手方は前記一の宅地上に島田一郎名儀でコンクリートブロック二階住宅一六坪八九を所有するところ、従前から病院関係者に無償で使用させていること等の諸事情から、相手方はその所有不動産からは収入をあげていないことが明らかである。
(三) 調査官吉牟田倫代作成の昭和三八年一一月一一日付調査報告書、上記当庁昭和三五年(家イ)第二一九号調停事件記録中の戸籍謄本によれば、相手方には上記のとおり申立人との間に四名の子供と、先妻亡道子間の長男勝男(昭和一九年二月二三日生)、先妻房子(昭和二四年四月二一日協議離婚)との間に長女玲子(昭和二二年二月二五日生)二女俊子(昭和二三年八月一五日生)の子供があるところ、相手方は、現在長男勝男、次女清子、三女昌子、長男一男と同居し、長女邦子を相手方の郷里(高知県)に在住中の父中村教文(開業医)の許に預けており、長女玲子、二女俊子はその実母の許で養育されていること、および申立人は、上記収入のうちから、毎月、長女邦子の学費、生活費等として平均一万円を送金し、交際費に一万二、〇〇〇円、交通費等の職業費として八、〇〇〇円、書籍代等研究費として一万円計三万円を充て、その残額のうち七万円で、女中一名(食事付月給六、〇〇〇円)を含む相手方一家族の生活を賄っていること(残七、〇〇〇円余は予備費とし、長女玲子、二女俊子に対する扶養料は支払っていない)を認めることができる。
(3) 如上認定したような本件当事者双方の収入、生活状態に基づいて、相手方の申立人に対する婚姻費用分担義務の存在、その額等について考察する。
申立人が、東京都において、医師である相手方の妻としての最低の体面を保ちながら生活するためには、上記認定の如き月収一万七、〇〇〇円で足りないことは、現在の物価その他の経済事情、一般の生活水準等に関し明らかであって、相手方の収入その使途の内訳等を考察するとき、相手方は申立人に対し、婚姻費用の分担として、申立人の生活費の不足分を補う義務があるといわねばならない。
よって、以下、その額について検討する。
申立人は、上記の如く、その生活費として月額四万一、〇〇〇余円を必要とするというのであるが、相手方と同居生活をしていると仮定して相手方の上記収入との比較、申立人の計上費中に昼食費(外食で一度分一五〇円~二〇〇円)化粧調髪代(六、〇〇〇円)被服費(一万〇、一五〇円)等何人が考えても節約可能と思われるものがあること、等の点から検討すれば、上記生活費は多額に過ぎるということができる。
調査官吉牟田倫代作成の昭和三八年一一月一一日付調査報告書、相手方代理人提出の中村文男経費概算書によれば、相手方の上記家計費七万円は子供四名の教育費一万八、〇〇〇円(勝男の月謝三、一〇〇円、清子の月謝二、〇〇〇円、○○学園○○会費二、二〇〇円昌子、一男の月謝各一、五〇〇円その他通学費、学用品、その他学校納付金等合計)、主食費六、〇〇〇円、副食調味料費二万〇、〇〇〇円、嗜好品三、〇〇〇円、住居光熱費八、〇〇〇円、被服費一万〇、〇〇〇円、保健衛生費二、〇〇〇円、教養娯楽費三、〇〇〇円等に当てられていることが認められるのであって、相手方の家計費としては決してぜい沢とは考えられない。
如上のような当事者双方の収支の状態、生活状態、相手方においてその交際費、研究費等については伸縮可能であると思料されること、その他上記の如く無料貸与中の家屋を有する等諸般の事情に、別紙第二表記載のような最低生活費についての計算結果を参酌し彼是考察すれば、申立人の月収を一万七、〇〇〇円として計算した場合、相手方は申立人に対しその生活費の分担として月額九、〇〇〇円を支払うべきものと認めるのが相当である。
そうすると、相手方は申立人に対し、本件申立の日である(記録上明白)昭和三八年六月二七日以降別居期間中、上記割合による金員の支払義務を負担するところ、申立人の月収は、上記の如く同年六月分は一万三、八五三円、同年七月分は九、三二八円、同年八月分以降一万七、〇〇〇円であるから、六月分(三日分)として日割計算による不足分一、二一四円、七月分として不足分一万六、六七二円、同年八月分ないし同年一二月分(すでに経過月分)計四万五、〇〇〇円合計六万二、八八六円となるので、相手方は申立人に対し金六万二、八八六円を即時におよび昭和三九年一月一日から別居期間中毎月九、〇〇〇円宛をその月の末日までに支払わねばならない。
よって主支のとおり審判する。
(家事審判官 藤田哲夫)
別紙
第一目録(相手方所有不動産)
整理
番号
所在地
地目
面積
一
福岡市平尾○○通○丁目○○○番地
宅地
一一九坪〇六
二
同市○○丘○丁目
○番○○
山林
三畝二〇歩
三
粕屋郡古賀町大字○○○○
○○○○の○○
〃
一〇、一一
四
〃
○○○○の○○
〃
七、〇二
五
〃
○○○○の○○
〃
一
六
〃
○○○○の○○
〃
二
七
筑紫郡大野町中字○○○
○○の○
原野
三、二五
八
〃
○○の○
〃
三、〇八
九
同郡同町乙金字○○○
○○○○の○
山林
一〇四、一四
一〇
〃
○○○○
原野
三、〇〇
一一
〃
○○○○の○
田
二、一四
一二
〃
○○○○
〃
一三、〇二
一三
〃
○○○○の○
山林
八、〇一
一四
〃
○○○○の○
〃
四、〇八
一五
〃
○○○○の○
宅地
一九坪五九
一六
〃
○○○○の○
山林
三六畝二七歩
一七
〃
○○○○の○
畑
九、一九
一八
〃
○○○○の○
〃
五、〇七
一九
〃
○○○○の○
山林
六三、〇九
二〇
〃
○○○○の○
〃
五四、一〇
二一
〃
○○○○の○
〃
一、二四
二二
〃
○○○○の○
〃
一〇、〇一
二三
福岡市○○通○丁目○○○番地上コンクリートブロック建二階
居宅
二一坪六〇
第二表 (最低生活費計算)
労働科学研究所所定調査方式による最低生活費の算定
相手方
四八才
医師
中作業
一〇五(消費単位)
申立人
三八
調査事務
別居
中作業
九五+三〇(別居加算)
長男勝男
一九
高校二年
九五
二女清子
一〇
小学五年
六〇
三女昌子
五
幼稚園
四五
長男一男
四
幼稚園
四五
女中
二四
生活の中心者でない未婚女
一一五
長女邦子
一三
中学三年
別居
八〇+二〇
計 六九〇
一、申立人の無収入の場合の最低生活費の算出
110,000円(相手方の実収)×(95+30(申立人の消費単位)/690(上記消費単位合計)) = 19,928円
即ち二万円弱となり、相手方は婚姻費用の分担として、申立人に対し二万円を支払うことになる。
一、申立人の月収一万七、〇〇〇円の場合の最低生活費の算出
(110,000円+17,000円)×(125/690) = 23,007円。即ち二万三、〇〇〇円強となり相手方は申立人に対し婚姻費用の分担として六、〇〇〇円(23,000円-17,000円)を支払うことになる。